奇経一絡脉説の展望


奇経一絡脉論とその展望


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本論文『奇経一絡脉論とその展望』は、清代初期の禅僧であり名医であった、喩嘉言(1585年~1664年)の説にしたがって、奇経八脉理論を絡脉理論の一環として捉え直し、絡脉の概念を再構築したものである。

喩嘉言は、『傷寒論』の研究家であり、日本の古方派の祖である名古屋玄医(1628年~1696年)に深い影響を与えたことで知られている。ちなみに名古屋玄医はその気一元の身体観を伊藤仁斎から受けている。(注1)

清代中期の高名な医家である葉天士(1667年~1746年)は、奇経と絡脉とを一つの概念として捉えて奇絡と呼んでいた。彼は、病が長期にわたると奇絡に入り、肝腎に隷属すると考えた。ここにおいて、絡脉および奇経の位置づけが一新されている。これは実は温病理論における身体観である、衛気営血弁証の中の、営血部分の病位を担うものが奇絡(絡脉・奇経八脉)であると葉天士は述べているわけである。

この身体観は『素問』『霊枢』『難経』を基礎にしているものであるが、また、上記した喩嘉言の『医門法律』における〈絡脉論〉を深く理解したものであると考えられる。

本論では、喩嘉言のこの〈絡脉論〉を検討するため、その歴史的な基礎として、「奇経八脉研究の歴史」および「絡脉研究の歴史」を先にまとめた。

『医門法律』中の一論文である喩嘉言の〈絡脉論〉については、「喩嘉言:奇経一絡脉の説」として次に簡単にまとめ、全訳は一番最後に付録として全訳を掲載した。

この喩嘉言の説へのおそらく唯一先鋭的な批判が、現代中医の邱幸凡による『絡脉理論与臨床』である。本論文では、その批判部分を抄訳し、それを批判的に検討している。これが「喩嘉言の絡脉論に対する批判と反批判」である。喩嘉言の説の優位性がここに明らかにされている。

次に、喩嘉言の説が臨床に与える影響を「喩嘉言の絡脉論のもたらす可能性」と題して私見を述べた。これは現代の鍼灸師のうち、「八脉交会穴」への処置が奇経に対する治療であると考えている方々へのレクイエムである。発想の転換を促したい。ここにおいて奇経治療と絡脉治療とは一体化し、奇絡という大きな身体観の枠組みを与えられることとなる。

また、さらに喩嘉言の説を超えて、奇絡のネットワークとしての考え方を明らかにしてある。ここにおいて、奇絡の概念の新しい視平を獲得していただきたい。

陰陽五行論の人体への展開である臓腑経絡学を側面から補完し、臨床に資するものとしての奇絡の概念が、『黄帝内経』の中にすでに描き出されているということを再確認しつつ、現代において新たな意味づけが与えられているわけである。

さらに、この喩嘉言の〈絡脉論〉を臨床的に展開した葉天士の治療法を、奇絡の治療と題して掲載し参考に供し、最後に奇絡に鍼灸師が手を入れるということについての私見を記載した。

この論文を通じて、奇経―絡脉構造ひいては臓腑―経脉構造の把握を新たにし、気一元の身体観の下、大きな視座で治療を組み立てられるよう祈っている。



目次



はじめに

奇経八脉研究の歴史

絡脉研究の歴史
    『黄帝内経』における絡脉論

喩嘉言の奇経一絡脉論
    奇経一絡脉論に対する批判と反批判
    奇経一絡脉論のもたらす可能性

奇絡の構造
    はじめに
    奇絡―結びのネットワーク
    溝としての奇絡
    綱(つな)としての奇絡
    網(あみ)としての奇絡
    海としての奇絡

奇絡の治療
    十二正経と奇絡
    奇経の治療
    久痛入絡
    葉天士の人体モデル
    部位によって異なる奇絡の調整

主要参考文献

附:〈絡脉論〉全訳











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